隣国ケニア、ナイロビに行ってきました!

ジャンボ!

8月から9月にかけて、2週間ほど隣国ケニアに行ってきました!

ジュリウス・ニエレレ国際空港から約2時間、キリマンジャロ山を眼下に眺め、ナイロビのジョモ・ケニアッタ国際空港に到着しました。

雲の上から見たキリマンジャロ山頂

ナイロビは赤道直下の街だから『暑い』というイメージを持っていましたが、着いてみると意外と涼しく、上着が必要なほどでした。

調べてみると、ナイロビを含むケニアの中心部は標高1700mの高地にあるので、一年を通じて平均気温が約20度と涼しいそうです。

ケニア人はトリリンガル+α

ケニアに着いて、最初に感心したのは彼らの言語能力の高さ!

タンザニア人はいつもスワヒリ語を使うため英語は挨拶程度しか話せませんが、ケニアではみんな英語で話しかけてくるので驚きました。アフリカで英語が通じる、英語で話が弾む、というのが新鮮な感覚でした。

また、地元の人々の会話を聞いていると、英語でもスワヒリ語でもない言語が飛び交っていることもしばしば。聞いてみると、スワヒリ語とは別に「シェン語」という混成言語を話しているそうです。

他にも、それぞれ自分の部族語(キクユ語やルヒア語など60以上の部族語が存在します)も話せるので、一人4言語以上喋れることになります。

東アフリカ随一の都市

着いた翌日には、ナイロビの街に行ってみました。

「東アフリカ最大の都市」と呼ばれるだけあって、中心街は高層ビルがずらりと立ち並び、人で溢れています。それに、タンザニアにはないような広くてキレイなショッピングモールがいくつもあります。

お札にも載っているナイロビのシンボル「ケニヤッタ国際会議場」

しかし、ナイロビは楽しいだけではありません。

ケニアに行く前に、いつもお世話になっているタクシー運転手に「今度ナイロビに行くんだ〜。」と言うと、「ナイロビは、泥棒が多いから気を付けろ。ダルエスサラームと違って治安が悪いからな。」と言われました。

ダルエスサラームもタクシー強盗やひったくりが頻繁にあり「治安が悪い」と言われているのに、ナイロビは一体どのような所なのだろうと調べてみると、

テロリストによる襲撃やショッピングモールでの銃撃戦の情報、タクシーに乗っていたのに窓ガラスを割って襲われたという話、街を歩いていた日本人が突然後ろから殴られて病院に運ばれた話など次々に見つかりました。

そこで外出時には以下のような対策をしていました。

・短い移動でもタクシーに乗る(歩いていると襲われやすいので)

・貴重品は宿泊所に置いていく(大きな荷物を持っている外国人は格好の的です)

・いつ財布を取られても良いようにお金を色んなところに隠し持っておく

・人気のないところに行かない

・地味で安っぽい服を着る(お金持ちだと思われないように)

それでも、周りにいるアフリカ人がいつ自分を襲ってくるかと、外出時は常にビクビクしていました。

幸い、滞在中に犯罪に巻き込まれることはありませんでした。感謝!

福音を伝える備え

ナイロビでの最初の1週間はAir B&Bに滞在していましたが、後半1週間は以前ダルエスサラームでお会いしたアメリカ人宣教師のお宅に泊めていただきました。

彼はもともとインドで宣教していましたが、今はケニアに住みながら、ケニア人、インド系移民、エチオピア系移民、そしてソマリア系移民、と4つの異なるグループの中で働いています。

最後の1週間は、この宣教師と行動をともにしながら、ケニアでの宣教活動について色々と教えていただきました。

特に心に残っているのは、いつでもどこででも福音を伝えようとする彼の姿勢です。

Uberで移動することが多かったのですが、いつも目的地に着くまでに運転手に自分のイエス様との出会いを話し、福音を説明するのです。そして「もしもっと深く話したいなら、連絡して欲しい」と自分の電話番号を渡していました。

教会の集会や用意された聖書の学びなどではない、日常の短い場面で会う一人ひとりに機会を捉えて福音を語り、みことばを教えていたのです。

「5分話す時間があれば、福音を伝えたい」と言う彼の言葉に、次のパウロの言葉を思い起こしました。

「ことばが少なかろうと、多かろうと、私が神に願うことは、あなたばかりでなく、きょう私の話を聞いている人がみな、この鎖は別として、私のようになってくださることです。」

使徒の働き26章29節

自分が気付いていなかっただけで、もっと日常の中で福音を伝える機会があることを教えられました。

キリスト教国ケニアの現状

ケニアは統計ではキリスト教徒が約80%と言われていますが、実際は名ばかりのクリスチャンが多いようです。

キリスト教国という土壌があるので、イエス様のことを話すと「オレもクリスチャンなんだよ〜。」と喜んで聞いてくれるのですが、よくよく話を聞いてみると「自分が救われているのかどうか分からない」と言う場合がしばしばあります。

彼らもまた、イエス様を紹介してくれる人を必要としているのです。

イスラム教徒とストリートボーイ

早速僕も、この宣教師から短い時間で福音を説明する方法を伝授されました(証はたったの15秒で話します!)。そして、実際にエチオピア人居住区に福音を伝えに連れて行ってもらいました。

そこで最初に話しかけたのは、街角に座って話しているイスラム教徒のグループでした。フレンドリーに話しかけてはくれるものの、「ミラー」という薬物効果のある草を食べてハイになっていたので、なかなか落ち着いて会話ができず、イエスさまのことを話し始めると「いや、イスラム教が正しい!」と騒ぎ立てるような様子でした。

それでも、なんだかんだ仲良くなったイスラム教徒のケニア人

これ以上は話せないと諦めて帰ろうとして立ち上がると、一人のケニア人の若い男の子が話しかけてきました。彼はすぐそばの駐車場で働いているストリートボーイで、僕たちの様子を見ていたようです。

彼の方から「オレは昔は教会に通っていたけど、今は神さまから離れた生活をしている。でももう一度神さまに近づきたいんだ。どうしたら良い?」と目に涙を溜めながら聞いてきました。そこで福音を伝え、一緒に祈りました。(その後は、一緒にいた宣教師の方と連絡先を交換しました)

福音を本当に必要としている人がいる。

耳を傾けてくれない人もいるけれど、誰かがイエスさまを紹介してくれるのを待っている人が確かにいる。

そう心に刻まれた出来事でした。

終わりに

ナイロビにいたときに、防犯対策のため様々なところに細かく分けて隠しておいた現金。そのいくらかは自分でも見つからなくなっていました。

それが、最近忘れた頃になってポロッと出てくるたびに、

「失われていたものが見つかる喜び」を体験しています。

隣国ケニア、ナイロビに行ってきました!」への2件のフィードバック

  1. しぶけん のアバター しぶけん

    たった2週間だけの滞在でも、かなり充実していたようですね。「皆3つ以上の言語が話せる」というのは、ウリピブ島を思い出させました。
    後半の1週間を共に過ごした方は、例の日本人の方かな?「いつでもどこでも誰にでも福音を伝える」という姿勢には、本当に感服させられますね。見倣いたいと思います。オレもこれから1人の未信者の方と会う予定なので…
    「外出時の対策」面白いですね。ところでターちゃんは「安っぽくない服」って持ってたっけ?それと『ケニヤッタ』って何語でどういう意味?

    いいね: 1人

    1. takatydog のアバター takatydog

      そうそう!
      言語に関しては、バヌアツ人も英語・フランス語とビスラマ語、そしてそれぞれの島の言葉を喋れるからね!日本人はバイリンガルでも大したものだと思ってしまうけど、世界は広いね!

      後半の1週間を一緒に過ごしたのは、バプテストミッション系のアメリカ人宣教師です。ここには書かなかったけど、ケニア人は大半が名ばかりのクリスチャン、インド系移民は殆どがヒンズー教徒、エチオピア系移民はイスラム教徒とキリスト教徒が半々くらい、ソマリア系移民は過激なイスラム教徒、とそれぞれ大分特徴の違う4つのグループにそれぞれ福音を伝え、みことばを教える働きをしている、とても精力的な方だったよ!

      安っぽくない服も一応持ってるよ!(笑)
      タンザニアで買ったアロハシャツとかキティンゲシャツとかは「高級」ではないけど、割と派手だと思う。
      それと、「ケニヤッタ」はケニアの初代大統領ジョモ・ケニヤッタの名前から来てるよ。写真で僕の後ろに映っている像がその人。独立国家としてのケニアの創立者なんそう。因みに、生まれた時の名前はカマウだったんだけど、「ケニアの光」を意味するケニヤッタという名前に改名したんだって。

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