Mambo vipi?(マンボビピ?)(スワヒリ語で「元気?」)

家族でタンザニアへ
この夏、タンザニアを訪問することになりました!
…といっても、単なる観光旅行ではなく、将来の宣教の可能性を探るための「視察旅行」です。
日程は、7月24日から8月4日まで。2日間は飛行機の移動にかかるので、タンザニアで過ごすのは10日間です。
タンザニアのインド系移民
ご存知の方もおられると思いますが、僕がタンザニアに行くのは初めてではありません。
以前、タンザニアで働く安川圭吾・美穂宣教師の手伝いをしていました。

安川先生ご夫妻は、タンザニアに住むアフリカ人ではなく、インド系移民の方々への宣教師です。
「何故日本人がわざわざアフリカに行ってまでインド人に宣教しているのか?」
よくそのような疑問を持たれますが、その理由はインドという国にあります。
インドは世界一未伝民族の多い国です。インドは人口が世界一多いことでも有名ですが、住む地域や使う言語、宗教やカーストによって多くの民族に分かれています。そして、その殆どが福音に触れる機会を持っていません。インドの宗教はヒンズー教徒、イスラム教徒、そしてシーク教徒が多く、クリスチャンに対する迫害もあるため、インド国内で福音を伝えることは困難なのです。
しかし、そんな未伝民族の人々がインド洋を渡ってタンザニアに多く移り住んでいるのです。タンザニアでは宗教の自由があるので、彼らに福音を伝えることができます。そういう訳で、安川先生はタンザニアでインド系移民の方々に福音を伝える働きをしていたのです。

その後、安川先生ご夫妻は2024年に帰国され、教会員の一人だったインド人の兄弟が牧師となり、現在もインド系移民の教会を導いています。
タンザニアからの一本の電話
昨年の終わり頃、そのインド人の牧師から一本の電話がかかってきました。
「宝、宣教師として私たちの教会に来て、一緒に働いてくれないか。」
突然の言葉に驚きました。
話を聞くと、僕が以前教会学校で教えていた子どもたちが、今ではユース世代へと成長しているとのこと。そして、彼らのためにユースミニストリーをしながら教会を手伝って欲しいとのことでした。
さらに、その牧師は私が以前から抱いている宣教の想いも理解してくれていました。
私は、より福音の届いていない奥地の宣教に携わりたいと以前から話していました。そのことを知った上で彼はこう言いました。
「タンザニアに着いたら、まず生活基盤を築くのに時間がかかるだろう。その最初の数年間だけでも良いので手伝って欲しい。その後は主が導かれる場所へ行ったら良い。」
そして、安川宣教師からの連絡
その後、妻にも話して祈りつつ導きを求めていました。
しかし、小さな息子を連れて実際にタンザニアに行くのは難しいと思っていました。
すると今度は安川美穂先生から連絡がありました。
「今年の夏にタンザニアを訪問する予定があるんだけど、もし視察したいなら一緒にどう?
満里奈さんと季くんも一緒に行くなら、私が一緒に行ってサポートしてあげることもできるよ。」と。
僕たち家族だけでは、子供を連れてタンザニアに行くのは難しい。しかし、タンザニアで20年間働き、子育てをしてきた美穂宣教師が一緒なら何とかなるかもしれない…そのように話が現実味を帯びてきました。
もちろん、これだけで神様の導きだと断言することはできません。しかし、導きを祈る中で他にもいくつかの出来事があり、扉が一つ、また一つと開かれているように感じています。
そこで私たちは、この夏、家族でタンザニアを訪問することを決めました。

視察旅行に向かう心境
…とはいえ、心にあるのは期待だけではありません。
正直なところ、不安もたくさんあります。
何より今回は1歳の息子を連れての旅です。
飛行機だけでも往復30時間です。大人でも大変なのに、1歳になりたての息子はどう乗り越えたら良いのか。飛行機の中で元気いっぱいにはしゃぎすぎない事を祈るばかりです…
また、治安、医療体制、衛生環境なども日本とは大きく異なります。私自身は以前住んでいたのである程度はなんとかなりますが、家族を連れて行くとなると話は別です。
親になって初めて、「自分が大丈夫」だけでは決断できないことを実感しています。
それでも、神様が開いてくださっているように見えるこの機会を大切に受け止め、まずは実際に現地を見て、祈りながら将来について考えたいと思っています。
お祈りください!
どうか、この視察旅行のためにお祈りください。
家族全員の健康と安全が守られるように。(特に、息子が手当たり次第に口に入れてしまう時期なので、胃腸炎から守られるように…)
現地でインド人教会の方々と良い交わりの時間を持つことができるように。
そして何よりも、向かうべき宣教地について神様の御心が明らかにされるように。
私たち自身、「タンザニアに行くべきだ」という答えを求めているのではなく、「神様がどこへ導いておられるのか」を知りたいと願っています。
この旅が、そのための大切な一歩となるよう、ぜひ祈りに覚えていただけたら感謝です。